葛藤は解決しなくてはいけないのだろうか。
世の中、葛藤なんてあふれかえっている。理不尽な上司やわがままを言う取引先、常識のない同僚や自己中心的な若者達。考えが違って理解し合えないこともあるだろうし、理想と現実が違うことなんて日常茶飯事。よく考えたら、大変だ。
クライアントから「楽になりたい」「今日も調子が悪い」という言葉をよく聞く。
きっと大変な思いをしているんだろうな、と思う。
でもね、完全に楽になる、ということはないんじゃないかな、と最近気づいた。
世間一般の人を観察していると、別に葛藤を全て解決しているわけじゃない。解決していないことの方が多いのではないか。
居酒屋、という引きこもりスペースがある。ここはあえて「ひきこもり」という言葉を使いたい。
そこで日々繰り返される光景。酔って、安心して、気心許せる人や安全な人(「場」ということも)
にグチを言ったり、自慢話をしたり、羽目を外したり。これってとってもファンタジーなんだよね、実際。
だって現実社会ではしないでしょ。直接上司に悪口言ったり、取引先に文句を言ったりさ。現実が変わるわけではないけど、現実に言ったりしたりできないことを、安全なところで行うことで少し楽になったり、気分が変わったり。そうして元気を取り戻して、また現実に帰っていく。
「そうだよな」、「大変だよな」、「オレもだよ。」、「すごいじゃん」など等、受け入れてくれたり、認めてくれたり、励ましてくれたり。そんな言葉や雰囲気を感じながら、葛藤が存在することを、ただ了解していく。解決でも受容でもないのよね。「葛藤ってあるんだよね、あ〜あ」という感じ。葛藤は存在しちゃいけないのではなく、存在するものなのかもしれないな、と思う。
葛藤の大変さとそれをネタに肯定される、そのギャップ。それが私という生き物の感情を豊かにしているのかもしれない。
葛藤は香辛料みたいなものかもしれない。ありすぎると辛すぎて困るけど、ないと味が平坦。面白みがない。
辛いものは思いっきり辛いと感じればいい。きっとその後に食べるデザートはとっても甘いはず。我慢ばっかりでなく、時には安全な場に引きこもって大騒ぎしながら、落ち込んだり、うつになったりしながら、日々をおくれれば、それは素敵なことなのかもしれないな、と思う。
僕は結構元気なフリや大丈夫なフリをしがちかも。もっと大丈夫じゃなくなろう。
世の中、葛藤なんてあふれかえっている。理不尽な上司やわがままを言う取引先、常識のない同僚や自己中心的な若者達。考えが違って理解し合えないこともあるだろうし、理想と現実が違うことなんて日常茶飯事。よく考えたら、大変だ。
クライアントから「楽になりたい」「今日も調子が悪い」という言葉をよく聞く。
きっと大変な思いをしているんだろうな、と思う。
でもね、完全に楽になる、ということはないんじゃないかな、と最近気づいた。
世間一般の人を観察していると、別に葛藤を全て解決しているわけじゃない。解決していないことの方が多いのではないか。
居酒屋、という引きこもりスペースがある。ここはあえて「ひきこもり」という言葉を使いたい。
そこで日々繰り返される光景。酔って、安心して、気心許せる人や安全な人(「場」ということも)
にグチを言ったり、自慢話をしたり、羽目を外したり。これってとってもファンタジーなんだよね、実際。
だって現実社会ではしないでしょ。直接上司に悪口言ったり、取引先に文句を言ったりさ。現実が変わるわけではないけど、現実に言ったりしたりできないことを、安全なところで行うことで少し楽になったり、気分が変わったり。そうして元気を取り戻して、また現実に帰っていく。
「そうだよな」、「大変だよな」、「オレもだよ。」、「すごいじゃん」など等、受け入れてくれたり、認めてくれたり、励ましてくれたり。そんな言葉や雰囲気を感じながら、葛藤が存在することを、ただ了解していく。解決でも受容でもないのよね。「葛藤ってあるんだよね、あ〜あ」という感じ。葛藤は存在しちゃいけないのではなく、存在するものなのかもしれないな、と思う。
葛藤の大変さとそれをネタに肯定される、そのギャップ。それが私という生き物の感情を豊かにしているのかもしれない。
葛藤は香辛料みたいなものかもしれない。ありすぎると辛すぎて困るけど、ないと味が平坦。面白みがない。
辛いものは思いっきり辛いと感じればいい。きっとその後に食べるデザートはとっても甘いはず。我慢ばっかりでなく、時には安全な場に引きこもって大騒ぎしながら、落ち込んだり、うつになったりしながら、日々をおくれれば、それは素敵なことなのかもしれないな、と思う。
僕は結構元気なフリや大丈夫なフリをしがちかも。もっと大丈夫じゃなくなろう。
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