「死は悲しいものであってはなりません」
僕の尊敬する、ある女性の遺言です。60歳を前に病でお亡くなりになりましたが、とても素敵な雰囲気の方で、太陽のように明るく、暖かな人でした。
深い言葉だな、と思います。「死」という厳然たる事実の中で、「別れ」「喪失」などの悲しさに目を向けるか、それとも時の流れの中で、その人と出会い、共感し、共有できたことに目を向けるか、とても難しい。でも、僕は出会えたことに目を向けたいのです。あなたに出会えて幸せでしたよ、と。
若かりし頃にも友人をなくしました。20歳でした。悲しいけど、悲しむだけじゃきっと彼女は納得しないだろうなぁ、と思うのです。悲しむだけの存在なら、私が生きていた意味は何なのよ!ってね。だから未だに思い出すし、考えます。こういう時、彼女ならどう言ってくれるかな、どうするかな、と。
「死にたい」という言葉をよく聴きます。一般にでも聴きますが、心の臨床に携わっているのでなおさらよく聴きます。
でも「死にたい」はあり得ない、という話もあります。なぜなら、自身で「死」は経験したことのない、きわめて曖昧なものであり、wantという強烈な欲求としてはあり得ないからです。自傷癖というものがありますが、その倒錯の延長に位置づけられていたり、楽になるんじゃないか、という漠然とした考えがせいぜいというところでしょう。おそらく大事なのは「死にたいくらいの辛さや絶望があるよ」ということ。なくなっちゃいたいのは私ではなく、私が直面している辛さや絶望なのかな、と思います。ここに理解が及ぶと少しずつ変化が起こっていく、そんな実感があります。「死にたいってどういうことなの?なんか良いことあるの?」等と突っ込むと何かしらの手がかりが得られる(「楽になりたい」「いいことがない」等、「死」自体が欲しいのではないことがわかる)ことがあるけど(つまり死で自分に起きることはわからんからね)、これは相手との関係や、こちらの面接スキルによるだろうから、お勧めしません。
じゃあ、つまり「死」ってなんなのよ、って思うんですけどね。よくわからないんです、はい。ま、経験できるのは一度だし、その感想はフィードバックできないからね。結論とすれば、少なくとも僕はまだとっておきたいかな。だってそれはいつでも選択できるものだから。少なくとも相手にも簡単に選択してほしくはないですね。だって、やっぱり悲しいもの。悲しいものではあってはなりません、って言われてもね。
少なくとも僕はそう考えます。
僕の尊敬する、ある女性の遺言です。60歳を前に病でお亡くなりになりましたが、とても素敵な雰囲気の方で、太陽のように明るく、暖かな人でした。
深い言葉だな、と思います。「死」という厳然たる事実の中で、「別れ」「喪失」などの悲しさに目を向けるか、それとも時の流れの中で、その人と出会い、共感し、共有できたことに目を向けるか、とても難しい。でも、僕は出会えたことに目を向けたいのです。あなたに出会えて幸せでしたよ、と。
若かりし頃にも友人をなくしました。20歳でした。悲しいけど、悲しむだけじゃきっと彼女は納得しないだろうなぁ、と思うのです。悲しむだけの存在なら、私が生きていた意味は何なのよ!ってね。だから未だに思い出すし、考えます。こういう時、彼女ならどう言ってくれるかな、どうするかな、と。
「死にたい」という言葉をよく聴きます。一般にでも聴きますが、心の臨床に携わっているのでなおさらよく聴きます。
でも「死にたい」はあり得ない、という話もあります。なぜなら、自身で「死」は経験したことのない、きわめて曖昧なものであり、wantという強烈な欲求としてはあり得ないからです。自傷癖というものがありますが、その倒錯の延長に位置づけられていたり、楽になるんじゃないか、という漠然とした考えがせいぜいというところでしょう。おそらく大事なのは「死にたいくらいの辛さや絶望があるよ」ということ。なくなっちゃいたいのは私ではなく、私が直面している辛さや絶望なのかな、と思います。ここに理解が及ぶと少しずつ変化が起こっていく、そんな実感があります。「死にたいってどういうことなの?なんか良いことあるの?」等と突っ込むと何かしらの手がかりが得られる(「楽になりたい」「いいことがない」等、「死」自体が欲しいのではないことがわかる)ことがあるけど(つまり死で自分に起きることはわからんからね)、これは相手との関係や、こちらの面接スキルによるだろうから、お勧めしません。
じゃあ、つまり「死」ってなんなのよ、って思うんですけどね。よくわからないんです、はい。ま、経験できるのは一度だし、その感想はフィードバックできないからね。結論とすれば、少なくとも僕はまだとっておきたいかな。だってそれはいつでも選択できるものだから。少なくとも相手にも簡単に選択してほしくはないですね。だって、やっぱり悲しいもの。悲しいものではあってはなりません、って言われてもね。
少なくとも僕はそう考えます。
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